2025年12月をもって、ミツカン水の文化センターを閉鎖するとのお知らせがあった。
活動終了のご案内|お知らせ|ミツカン 水の文化センター
創設が1999年1月なので、26年のプロジェクトに終止符が打たれることになる。
このセンターは、私にとっても思い出深い存在だった。
私自身は創設準備期から広告代理店の依頼を受け、立ち上げを手伝い、水文化という「制度・ルール」がおもしろいテーマだったこともあり、かなりの時間をこの活動に捧げ、2020年秋に離れた。
この間、社員・スタッフともども「日本水大賞厚生労働大臣賞」を受けるなど、それなりの評価を受けてきた。
その秘密は、水という河川、上下水道、工業用水、地下水、環境、森林、海岸、われわれの食、すべてにかかわっている大事な存在を、相互につなぎ、公共事業の中で固定されがちな「あたりまえ」と思われる水文化というルールを、現代流に再定義しようという試みが、新鮮に映ったからだと思う。
水文化の解釈には共有資源管理論(コモンズ論)やソーシャル・キャピタル論を用い、総称して「人と水との関わり」と説明したが、他にもいくつかの理論を持ち込んだ。それを抱え、各地の現場取材や有識者に会い、アクティブ・インタビューを行った点に意義があったと思う。「わかる人にはわかる」し「生活者には、驚きを与える」という点を心がけ、年3回発行の機関誌も私は2010年頃まで企画編集した。
しかし、26年は長い。
スマホ化、個人化が進む世の中で、水文化は変わる。
2011年の東日本大震災や2025年の能登半島地震、その間の想定を超える災害で、水文化も変わった。
それに、2025年の夏、四季の国から二季の国となり、水文化は変わりつつある。
こうした変化に、生活者の参考となる指針を示すのは大変なことだろう。
しかも、民間企業が資金提供する団体なので、SNS時代の中で、なるべく顧客から文句が出ないように活動をするようになる。
当初は熱を込めた社員やスタッフもいなくなり、自らデザインせずに仕事する人が出てきたのかもしれないし、それはそれで組織の中ではよくあることだろう。
最近5年間の事情を私は知らない。
でも、あえて閉鎖を選んだということは、一つの決断として尊重したい。
新しい水文化は、新たな人が創ればよい。
つまり、熱をもった人々が立ち上げたプロジェクトを承継するのは、簡単ではないことを示したとも言える。
ミツカン水の文化センターを応援して思いを寄せてくれた人々に、作り手は感謝をしていることだろう。
26年間、ご苦労様でした。
企業による文化活動は、立ち上げ時よりも、評価を得てからの方が難しい。ここに一文を残すこととする。