記憶の旅 中庭光彦の研究室

都市や地域の文化について

ちょっと変わったNPOについてのリカレント教育テキスト つくりました

 公益社団法人ネットワーク多摩がによる、多摩についてのリカレント教育テキストシリーズ「多摩・島しょ百科全書」(電子テキスト)が出来上がりました。

 今回、そのシリーズの中で『多摩におけるNPO の課題と展望 ーNPO のこれからを考えるー』と題し、一風変わった視点からNPOについて書いてみました。

 私の書いたテキストをPDFで公開します。ファイルサイズが360MBと大きいので、興味のある方は、以下のURLからダウンロードしてください。左右見開きで一項目を説明する形になっています。

 

 drive.google.com

 

 その他のテキストも、みんなおもしろそうなので、利用したい方はネットワーク多摩にお問い合わせください。

多摩・島しょ百科全書

 

三重県菰野町で陶器産業と生活文化のイノベーションを感じる

 昨日、三重県菰野町に行ってきた。名古屋から車で40分程度。

 デザイナーの森屋律子さんにお会いし、菰野デザイン研究所の活動をお聞きするため。ところがおうかがいした場所は、本日オープンするという古民家を活かした「かもしかビレッジ」。そして、お引き合わせいただいたのが、山口陶器社長の山口典宏氏である。

 私の勝手な思い込みで、焼き物×交流拠点×地域づくり、といったお話かと思いきや、そんなちっぽけな話ではなかった。焼き物の産業構造の話から始まり、焼き物から生活文化産業への転換、そして窯業全体のサプライチェーンを変えるような話で、理に適った事業構想の話だった。ここで細かい話は書けないが、いま取り組んでいる大田区町工場集積のイノベーション確率を高める調査に、非常に近い話。おそらく、これ1回では終わらないだろう。

 デザイナーの森屋さんは東京在住でもあるので、5月連休後に、多摩大学イノベーションエコシステム研究会として多摩大にお招きし、お話をうかがうことになっている。 

 森屋さんにお会いしたのは、昨年10月に鯖江ではじめて、しかもちょっとお話ししただけ。でも、なぜかわからないが、「つながる糸」を感じたので、おしかけた。

 この「糸の質感」は、大切。つくづく思う日であった。

かもしかビレッジの前で、森屋氏(左)、山口氏(右)

 

多摩大イノベーション・エコシステム研究会 大田区取材

 大田区というと東京都の工場数一位で、「ものづくり集積」のイメージが色濃く残っている。しかし、現在、大田区産業振興部は羽田イノベーションシティに出先機関を設け、次の段階に導こうとしている。

 職人の技術に誇りをもち、コミュニティで水平分業の強みを出していたが、なかなか付加価値をつけられない。町工場というと、こんな悩みをイメージするかもしれない。この悩みは、実は地域活性化の悩みともまったく重なっている。そして、ブレークスルーしようとしている若手企業者が各地で活躍している。それは大田区でも同じだろうと思い、「多摩大学イノベーション・エコシステム研究会」(中庭、野坂准教授、樋笠専任講師、新西専任講師という私以外若手のチーム)をつくり、まずは大田区の若手企業家のインタビューを始めた。今後イノベーション・エコシステムのデザイン手法を構築する。

 まず、大田区の産業振興の実態をインタビューにうかがった。その後、極東精機製作所にもうかがっており、取材レポートは多摩大学の研究HPに掲載する予定。

www.hanedapio.net

忘れていたエッセイ 平六渇水と早明浦ダム

 研究者にとって、冬休みは執筆に専念できる貴重な時間。ちょっと平六渇水について調べようとgoogle検索をすると、2番目にこんな記事が出てきた。

damnet.or.jp

 ダム便覧2021の早明浦ダムに関する内容で、2006年2月の記述となっている。

 著者は対馬光彦。思い出した。早明浦ダムを取材した時の内容を、ブログ書き始めの私が対馬光彦というペンネームで書いた記事だった。私のエッセイが平六渇水で2番目とは。

 16年前に自分が書いた記事を忘れている。こんな事はよくあることだが、対馬光彦のペンネームはこの1回しか使っていないと思う。多分。これから、復活させてみようか。

 

古賀邦雄著『ダム建設と地域住民補償-文献にみる水没者との交渉誌』

 おもしろい本が送られてきたので紹介したい。古賀邦雄『ダム建設と地域住民補償-文献にみる水没者との交渉誌』(水曜社、2021)である。

■一見やさしいダムの文化誌

 この著書はダム建設について書かれている。というと、土木書、あるいはダムについて疑問を呈する書、最近はダムマニア向けの書が主な分類なのだが、本書はどれでもない。ダム開発時に必ず踏まねばならない地域住民補償について、全国の主なダムについて書かれた文献から、補償の精神を抜き取るという文化誌である。その点では、類書がない。

 著者の古賀邦雄氏はかつて水資源開発公団(現水資源機構)で補償の業務を実際に行ない、その後は自費で全国の河川文献を収集し続け「古賀河川図書館」を運営した。河川関係者では有名である。その古賀さんが『用地ジャーナル』に連載したものを編み直したものとなれば、補償の裏面が書かれていると思われるかもしれない。

 しかし、文体はその逆で、ダム建設時の開発者や、土地を立ち退いた人々、開発に抵抗を続けた人々、新たな生活を始めた人々の補償時の情けと理と利について淡々と書かれた文献を通して紹介している。その簡潔さの裏には、言葉にできないことが膨大にあることを否応なく想像させる。だからこそ、この簡潔なダム開発記述の向こう側には何があるのだろう?と、調べたくなる。

 ダム補償の文化誌の入門書というべき書であろう。

■今考えるべき「開発のたたみかた」

 この中で、私が心惹かれたのは温井ダムの章だ。「来てくれと頼んだ覚えはない」と書いた住民の代表の佐々木寿人。常に水没者の生活再建策を重視した佐々木は、交渉にあたって、立ち退き後の将来ビジョンを示させ、その条件を水没者の全員が納得した時に初めて調査や工事を了解したそうで、これを「温井ダム方式」と呼ぶそうだ。こうした考え方から、くみ取れる教訓は大きい。

 さて、本書を読んだ後、当時開発された社会ストックを考えて見た。ダムは違うが、住宅等では用地収用してつくった大規模ニュータウンが老朽化し、利便性の良い場所だけデベロッパーに売却して再開発する手法が目につく。将来ビジョンが示されないまま再開発事業だけが進むことは、将来世代への補償の文化とはほど遠いのではないか。

 補償は常に当事者生活の現在と将来の折り合いをつけることである。本書はダムの補償の文化誌だけではなく、これからの「開発のたたみかた」までヒントを与えてくれる。

『東京 都市化と水制度の解釈学-都市と水道における開発・技術・アイディアの政治』発行

 多くの大学には独自の出版組織がある。大学研究者が売れ行きに左右されずに、研究成果を世に問えるためのしくみだ。法政大学出版会、中央大学出版部、名古屋大学出版会などあるが、多摩大学にも「多摩大学出版会」がある。本格的研究書を発行し始めたのが2020年だが、2021年となり、その3冊目として、私の『東京 都市化と水制度の解釈学-都市と水道における開発・技術・アイディアの政治』が発行された。

 

https://www.amazon.co.jp/s?k=%E4%B8%AD%E5%BA%AD+%E5%85%89%E5%BD%A6&i=stripbooks&__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&ref=nb_sb_noss

 

 東京を軸にした水開発史(治水、利水)に加え、水文化や社会経済史を統合した独自の内容となっている。読んだ人は、自分がいま水について抱いている常識に疑問をもつことになると思う。

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東京 都市化と水制度の解釈学

 目次はこんな感じ。

第1 章 アイディアによる制度変化論
 第1 節 新制度論による説明
 第2 節 水管理のアクターとは
 第3 節 制度とは
 第4 節 開発におけるアイディアとは何か
 第5 節 アイディアの機能 
 第6 節 制度変化の意味 

第2 章 東京市における上水道の優先敷設 
 第1 節 なぜ下水道ではなく上水道を優先したのか 
 第2 節 感染症という不確実な危機の発生
 第3 節 上水道の先行 
 第4 節 消防の水道
 第5 節 地主にとってのし尿流通
 第6 節 鉄管、注射、人造肥料
 第7 節 技術を理解した消防士

第3 章 東京市膨張・発電水利・河水統制 
 第1 節 水道広域化の開始
 第2 節 東京市から大東京市への拡大
 第3 節 連続する水道拡張事業 
 第4 節 東京市水道の拡張過程
 第5 節 二ヶ領用水問題と発電事業・河水統制
 第6 節 都市化・農業・生活用水・発電の制度配置転換
 第7 節 資源統制というアイディアと制度配置

第4 章 郊外化と多摩地域水道都営一元化というアイディア 
 第1 節 郊外化という場
 第2 節 多摩地域への人口拡大と住宅プレイヤー
 第3 節 水回り─住宅市場の成立
 第4 節 多摩地域水道都営一元化過程の開始
 第5 節 各市町村による水道経営時代 
 第6 節 都営水道から各市への分水時代
 第7 節 逆委託方式による都営一元化時代
 第8 節 逆委託解消時代
 第9 節 都営一元化過程の時期区分
 第10 節 多摩地域給水のアクターの変化
 第11 節 郊外化における広域化の意味─制度複合
 第12 節 人口減少期の東京郊外という制度

第5 章 脱・水都化─道路と水路の立体利用
 第1 節 人口増加で生じる排水問題と脱・水都化 
 第2 節 地盤沈下と工業用水
 第3 節 残土処理による水面埋立 
 第4 節 下水道整備前
 第5 節 都市河川の下水化─36 答申の意味
 第6 節 高度成長期の下水道行政
 第7 節 山田正男に見る道路を中心とした都市計画アイディア 
 第8 節 都市空間の高度利用から都市再生へ

第6 章 総合治水の解釈学─オーラルヒストリーを活用して
 第1 節 都市水害の発生 
 第2 節 総合治水対策小委員会
 第3 節 河川と下水の関係
 第4 節 建設省における河川と都市
 第5 節 総合治水から流域治水へ 
 第6 節 棲み分けの調整方法 

第7 章 東京─都市と水道の制度の行方
 第1 節 東京─都市と水道の制度 
 第2 節 東京─都市と水道のこれから

補 章 構築すべき水文化 
 第1 節 水道の「当たり前」を剥がす─水道文化 
 第2 節 排水と廃水─排水の文化 
 第3 節 水防の感覚─治水の文化 
 第4 節 洗う文化と清潔感
 第5 節 コンパクトシティと盆地地下水都市─地下水利用の文化

近代東京水政策史年表

 

継承責任

 私が水について関心をもち始めた1998年、日本の水政策は縦割りは頑丈に見えた。そこに、社会科学、特に公共政策、都市・地域社会学の分野から総合的に串を刺してみようと思い2003年からある企業で「水文化」のコンセプトを構築し発信し始めた。幸い、多方面から評価いただいた。

 それから22年。私は2011年から大学教員となって都市・地域政策を教えている。一応65歳の定年まであと何ヶ月あるのだろうか?数えてみると84ヶ月。意外と少ない。にもかかわらず、やり残した仕事は、たくさん残っている。

 私は何を将来に受け継がねばならないのか?箱根駅伝で言えば20kmのうち、15kmまで来ている。あと5kmをブラブラ歩いても、極端に言えばバトンを放り投げてもよいのかもしれない。でも、それってカッコ悪いよね。

 こんな気持ちがあり、昨年10月、22年にわたり共に水文化を発信してきた企業に卒業を申し入れた。そして一昨日2月28日でアドバイザーの契約を終了した。

 あとはやり残した仕事を、かたちにしていかねばならない。